2014年12月26日

SS「聖夜にもブルースを」

クリスマス後夜祭!(つまり間に合わなかった・汗)
昭和編の尚賢SSを書きました。定期購読特典ペーパーのネタバレがすこーしだけ含まれます。すみません。
よろしければご覧ください。


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「これなんていかがでしょう、ぼっちゃま!」
「まあ、いいじゃない。尚紀さん、当ててみせて」
母とお手伝いの秀子にそう呼ばれ、分厚いいかにも質の良さそうなセーターを見て、尚紀は溜め息をついた。
「冬物の服なんて、これ以上いりませんよ」
「そんなこと言って、あなた風邪を引く気なの?」
「そうですよ、ぼっちゃま。今年の冬はことさら寒いんですから、いっぱい着なくちゃ」
とたんに倍返しをくらい、尚紀は思わず半歩ほど後じさった。
この二人には勝てないと分かっていたのに、ついつい……。
そして、再び物色を開始した母と秀子の姿に、尚紀はもう一度、深い溜め息をついた。

師走。
年の瀬も迫り、街のそこかしこが騒がしい。
そんな中、尚紀は母と秀子に日本橋のデパートまで付いてくるよう命じられた。自分の洋服を買いに行くのだという。冬物の衣類は十分に持っているので、いらないと一応言ってみたのだが、ここしばらく日本列島を襲ってい寒波を理由に、半ば無理矢理連れてこられた。
二人の着せ替え人形になるのはもう慣れっこだが、今日の休みくらいは家に置いておいてほしかった、というのが正直なところだ。ここしばらく研究室の手伝いが続き、一日の睡眠時間が三時間程度と、いくら若い尚紀でもさすがにそろそろ厳しい。
今、この時も、立ったまま眠ってしまいそうだった。
クリスマスムードの店内の中で、若干ゆらゆらしながら、二人を遠巻きに見ていた尚紀はふと、棚の一番上に置かれているマフラーに目を止めた。
青一色で織られたそのマフラーは、厚みがあり、触れてみると肌にしっとりなじむ柔らかさがあった。色は少し落ち着いているのに、どこか澄んでいて、それが尚紀の心を引き付けた。
ふいに脳裏に、一人の人物の姿が思い浮かんだ。
自分より小柄で、歳の割には幼く見え、しかし一度その目を見れば、彼がどこにでもいる人間とは違うと分かるだろう。深い闇を秘めた瞳に引きずり込まれそうになるのに、ふいにそれがどこまでも澄んで見え、その奇妙なまでの食い違いように、人は魅せられるのだ。
尚紀は、マフラーの毛並みをもう一度一撫でした。
「ぼっちゃま?」
急に秀子に声を掛けられ、情けなくも尚紀はびくっと肩を揺らした。
「なんだい? 秀子さん」
「そのマフラー、気に入られたんです?」
「あ、いや、まあ……」
まさかこれを見ながら、ある人物のことを思い出していたとは言えまい。自然とはっきりしない口調になったが、秀子は特に気にした様子はない。
「素敵な青ですねえ。ぼっちゃまには、ちょっと珍しい感じですけど。それもお買いになります?」
「いや、別に……」
尚紀はマフラーから手を離そうとして、ふと止まった。そしてそのままマフラーをめくり、値札を確認する。
(…………まあ、このくらいはするな)
なかなかいい値段だ。当然と言えば当然だろう。これを買えば、しばらく酒も煙草も、いやそれ以外のその他諸々も控えねばなるまい。
「尚紀? それも買うの? 買わないんだったら次へ行きましょうか」
母が通路の向こう側から声を掛けてきた。
「すみません。これ、買ってきます」
気づけば、そう言っていた。
「あら。じゃあお持ちなさい。こちらのシャツと一緒に包んでもらいましょう」
「いえ、これは僕が」
尚紀は、手にした青いマフラーと財布から取り出した紙幣を、秀子に呼ばれてきた店員に手渡した。


クリスマス。
戦後すぐの頃から、東京の一部ではこの日に合わせてパレードなどが行われていたが、あれから十年以上が経った今は、すっかり浸透してきた。銀座の歩道は、まるで正月の浅草寺のように人が埋め尽くし、わずか数メートル歩くのも難儀するほどだ。
さらに去年秋、ソビエトが人類初の人工衛星スプートニク1号の打ち上げに成功して以来、宇宙ブームが到来し、街のあちこちで宇宙関連グッズや装飾が見られて、盛り場の混沌具合もここに極まれリ、といったところだ。
直江は、人の波に揉まれながら、ようやく馴染みの新橋ガード下の店にたどり着いた。この辺りも銀座ほどではないが、かなりの人でにぎわっている。
レガーロの戸を開けると、華やかな音楽の波にわっと包まれた。
「いらっしゃいませー」
ウェイターたちの格好が、いつになく派手だ。衿をキラキラさせている者がいたり、何やらギラギラ光る蝶ネクタイを身につけていたり。
いつぞやの仮想パーティーを思い出して、思わず固まったが、よくよく見れば今日は先達てのものより幾分、いや、かなりマシ、だ。
店内はほどよく飾り立てられ、ステージを見やれば、マリーが赤い華やかな衣装で美声を響かせている。スカートの裾には白い綿のようなものが付き、ロンググローブも白だ。そして彼女の後ろに控えるバンドマンたちの服も赤一色。
いつも以上に混み合うホールを避けて、カウンターに腰掛けると、ふっと目の前に人が立った。
「景虎様」
「久しぶりだな。風邪でも引いていたか」
眼鏡のレンズごしの瞳が、きょろりと尚紀を映す。
「学業の方が忙しくて。心配してくださっていたんですか?」
「さあな。学生は学業が本分だ、結構なことじゃないか。今日はこんなとこにいていいのか?」
「いいじゃないですか、聖夜くらい」
「そうか。なら……」
「ちょ……っ、仮装はいりませんよ!」
直江はガタンと椅子を鳴らして思わず立ち上がった。2カ月前のとんでもない記憶が頭をかすめた。
と、いきなり焦ったように立った直江に、景虎が一瞬ぽかんとし、次いで「ぶ!」っと吹き出してカウンターの向こうにしゃがみ込んで笑い出した。
「か、景虎様!」
「ははは。オレもたいがいだったが、おまえも……。っ、まあ今日は大したものじゃない」
と投げてよこされたのは、赤い三角型の紙でできた帽子だ。
「社長命令、今夜の客のドレスコードだそうだ」
「は?」
言われてホールを振り向くと大方の客が頭の上か、首にひっかけるようにして赤い帽子を着けている。
直江もしぶしぶといった態で、帽子を頭に乗せてみるが、ごわごわするし納まりが悪くてどうにも調子がよくない。
「似合うぞ」
「うれしくありませんよ」
景虎はちょっと笑って、他の客から入った注文のカクテルを作り始めた。
それからしばらく、直江はビールを飲んだり、マリーの歌を聴いたりして過ごした。ホールの客達もいつにも増してエネルギッシュで、それに煽られるかのようにマリーの歌やバンドの演奏にも熱がこもっている。
と、ついっと目の前に差し出されたものがあった。
カクテルグラスだ。綺麗なブルーの液体に満たされ、パイナップルが添えられている。レガーロのバーテン、元が考案したその名も「レガーロ」だ。
「これは……」
「最近はシェイカーも振ってるんだ。まだ練習段階だけどな」
「いただけるんですか?」
「試験台だ。不味かったら止めていい」
素直ではない物言いも慣れたものだ。口ではそう言うくせに、どこか自信がなさそうにこちらを伺う気配がある。
直江はそっとグラスに口を付け、カクテルをわずかに流し入れた。
「おいしいです。十分客に出せる味だと思いますよ」
「なら良かった」
景虎は、少し肩をすくめるようにして、また仕事に戻っていった。
直江はまた酒を一口含む。
乱痴気騒ぎの街の片隅で、こうして「天国からの贈り物(レガーロ)」という名のカクテルを、ゆったり飲み干すのも悪くない。そう思った。

さて、夜も更け、電車があるうちにと腰を上げる客が増え、直江も時計を見て立ち上がった。
とたん、少し足下に違和感があった。酒には強い方だが、ここしばらくの睡眠不足に加えて、空きっ腹に久々に流し込んだアルコールが、少々効いているらしい。
会計を済ませ、店を出たところで後ろから景虎が追いかけてきた。
「笠原!」
人もまだいるところなので、宿体の名前で呼ばれる。
「おまえ、酔ってんのか」
「そうでもないと思いますが」
「間違いなく酔ってる。馬鹿だな、これで帰る気か」
と、頭に手を伸ばされ……カサリと音がしたかと思うと、景虎の手の中にあの帽子があった。どうやら、今の今までかぶり続けていたのを忘れていたらしい。これは、結構恥ずかしい。
「……すみません。助かりました」
これで電車に乗っていたら、とんだ浮かれ野郎だ。
「あとこれも。忘れもんだ。珍しいこともあるもんだな。大丈夫か」
と差し出された物を見て、直江は「あ!」と声を上げた。日本橋のデーパートの包みに包まれたもの。持って来ていたのもすっかり忘れて椅子に置いて出てきてしまっていたのだ。
まいったな、と直江は一旦それを受け取ったが、またすぐ改めて景虎に差し出した。
「これはあなたに」
「オレ?」
景虎はいぶかりながら、包みを開けていく。と、中から青いマフラーが顔をのぞかせた。
「プレゼントです。クリスマスの」
「は? おまえ、これ絶対高いだろう! 学生のくせに無理しやがって。貰えねえぞ」
眉をしかめた景虎からマフラーを受け取って、直江はバーテン服の薄着のままでいる主の首にそっと巻いた。
「お似合いです」
「人の話を聞け、酔っぱらい」
「クリスマスですし、いいじゃないですか。私もあなたに“レガーロ”をいただきましたし」
「……それとこれとはだいぶ違うだろう」
むっすりとむくれているが、巻かれたマフラーを返してくる様子はない。貰ってくれたとみていいだろう。直江の口元には自然と笑みが上った。
「冷えますから、早く中へ」
痩せた背中をそっと店のほうへ押しやる。
「それでは、また。おやすみなさい」
「……おう。おまえも」
最後にもう一度、ちらっと虎の目が直江を見て、そうして扉の向こうへ消えていった。
直江は、ほっと一つ息を吐き、きびすを返した。

見上げれば、戦後のバラックから急速に復興し、狭くなっていく東京の夜空が見えた。

ふいに、ひとひらの雪が舞う。
結晶の行方を追えば、自分の指先に落ち、そのまますっと消えた。
冷たいのに、なぜか温かい。そう思った。


それは昭和のある年の聖夜、街の片隅で起こった、
そんな小さな物語。


posted by アヤ at 00:31| 落書き
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